第3章 廃車と運用変化

5.廃車と運用変更

国鉄色機EF65−111号機が、2006年の春先ごろ、
茶釜EF58−122号機が、同年6月9日に行われたチキ6両の返し、
これ以降、両機の運用は見かけていない。

多少の前後はあると思われるが、多分、両機は、この時期に廃車となったものと思われる。
事実、6月15日、122号機の豊橋より西浜松への単機回送が行われており、
これが、実質、同機の廃車回送であったのでは、と思われる。


実際、廃車が行われたとなると、今後の工臨運用にも変化が起こるはず。

この時期以降、工臨運用は、
飯田線工臨豊橋送込みにユーロ色機DD51−791号機、
名古屋豊橋湖西地区間のチキ工臨にEF64−35号機、
名古屋静岡地区のチキ・ロンチキ工臨にEF64−2号機と35号機、
飯田線には、EF58−157号機が当てられることになる。

EF64−2号機に関しては、復活したといえ運用は少ない様子であり、
これにより、ユーロ色機EF66−35号機の運用回数が、
格段に増えることとなっていた。

更に気がかりなのは、EF64−66号機の運用が殆どなくなっていたことだった。

飯田線工臨チキ6両を返送するDD51−791号機 東海道本線 三河大塚−三河三谷 06.6.10.撮影

ロンチキを牽引するEF66−35号機 東海道本線 西小坂井 06.6.28.撮影

飯田線用送込みに奮闘するDD51−791号機 東海道本線 西小坂井−豊橋 06.7.1.撮影

待避する豊橋送込み791工臨と並ぶEF64−35号機工臨 東海道本線 愛知御津 06.7.1.撮影

飯田線チキ送込みはDD51−791号機の独断となった 東海道本線 西小坂井 06.7.28.撮影

791号機により送込まれた豊橋では、157号機とのPP状態も見られた 東海道本線 豊橋 06.7.28.撮影

飯田線工臨は青の157号機のみの運用となる 飯田線 湯谷温泉−三河槙原 06.7.28.撮影


6.再度運用変更

正確な時期は不明だが、
ユーロ色機DD51−791号機が工臨運用に就くようになった頃、
7月1日にEF64−35号機が名古屋地区発静岡方面の工臨に就いたことから見ると、
ユーロ色機DD51−791号機が豊橋工臨運用に就くようになった頃から2006年8月も終わる頃にかけて、
再び運用に変化が見られるようになる。

今回の運用変更は、何と国鉄色機であるEF64−2号機の復活であった。
変わりに、豊橋地区での791号機の運用は見られなくなる。
EF64−2号機は、今までにない名古屋豊橋地区を中心とした運用に変化していった。
変わりにユーロ色機EF64−35号機は、名古屋豊橋地区では見られず、
静岡地区での運用にシフトされたようであった。

飯田線用工臨送込みに就いたEF64−2号機 東海道本線 三河大塚−愛知御津 06.8.25.撮影

豊橋では飯田線工臨を待つゴハチ157号機とのPP状態が見られた64−2号機 東海道本線 豊橋 06.8.25.撮影


7.再び運用変更

9月頃まで続いたと思われるこの運用は、
9月3日に行われたEF64−2号機の静岡方面への東海道上り単機回送と、
9月7日に行われたEF64−35号機の名古屋方面への東海道下り単機回送とで、
名古屋静岡両地区間での機関車の入れ換えにより終了した。

何故この短い期間で両機関車の入れ換えを行う必要があったのか、理由は不明であるが、
不具合を抱えたEF64−2号機のロングランを避けていたのであろうか。


この入れ換え完了となった10月以降は、
以前のDD51−791号機が東海道運用に入る前の運用形態に戻っていった。

運用変更後、名古屋地区に入線するロンチキには、
以前のように、EF64−2号機が当てられることもあった。

運用変更後、再び名古屋地区までの運用に就いたEF64−2号機 東海道本線 三河三谷 06.10.18.撮影

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